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羊蹄山、ニセコ、北海道の山々を舞台にした自然を満喫していいます!

羊蹄山の魅力

 深田久弥の日本名山にも選ばれ、日本中から多くの人が登りに来る羊蹄山の魅力とは一体何なのだろう。 

倶知安町に住む私は、気が付けば羊蹄山を眺めている。 

残雪の白、針葉樹の濃緑、岳樺の新緑のコントラストが美しい春の羊蹄山も好きだ。 

夕暮れ時にピンク色に輝き、凛とたたずむ雪の羊蹄山も捨てがたい。  

頭に傘雲をかぶり機嫌が悪い羊蹄山には威圧感を感じる。 

やはり、蝦夷富士とも呼ばれる円錐形の整った形そのものが美しさの秘密なのかもしれない。

DSC00367羊蹄山夕日w
 
 歴史の中には羊蹄山の火山活動の記録は出てこない。 

しかし、地質学的には10~5万年前の最初の噴火活動によって、標高250m平らな大地の上に最初の山ができた事がわかっている。 

その後、二期間の活動期を経て、今の円錐形の美しい山に成長したそうだ。 

一番新しい噴火活動は8000~6000年前と言われいる。 
 
羊蹄山は地質学的に新しい山で、活火山に分類される。 

まだ浸食の進んでいない山肌は、今は草木で覆われ9合目まで見ることができないが、その下は火山灰と火山礫に覆われた山だ。 

したがって、羊蹄山には川が無い。 

飲み水が取れないので登山者には厳しい山だが、一方でニセコ、羊蹄山周辺は北海道で唯一熊が住んでいない山域となっている。 

浸食が十分に進んでいない新しい山なので、当然の山の崩壊も多く見られない。 

故に美しいコニーデ型の山体を見せてくれているのだろう。
 

 見た目の美しさだけではない。 羊蹄山は独自の生態系が広がる貴重な存在でもある。 

羊蹄山の始まり10~5万年前は、最終氷期と呼ばれた時代と重なる。 

現在よりもずっと寒く乾燥した気候で、羊蹄山山麓の平地にはツンドラの草原やタイガの森が広がっていたはずだ。 

その後、1万年前に最終氷期が終わり、徐々に温暖化していくにつれツンドラの植物たちは北上し、一部は羊蹄山に逃げ込んだに違いない。 

そして、8000~6000年前は今よりもさらに温暖な気候になった。 

その当時、今の倶知安町周辺には縄文人が住んでおり、羊蹄山を眺めながら生活していたはずだ。 

羊蹄山に逃げ込んだツンドラの植物たちは山頂部で細々と生きていたのだろう。 

しかし、追い打ちをかけるように羊蹄山の噴火活動が起こる。 

温暖化によって羊蹄山に閉じ込められていたツンドラの植物の中には、消えてなくなってしまった種類も少なくないはずだ。 

かろうじて生き残ったものが、今の羊蹄山の9合目以上に咲く高山植物達だ。

エゾノツガザクラP7170072w 

 エゾノツガザクラをご存じたろうか? ピンク色の花を鈴なりにつける可憐な花だ。 

よく似た植物で白色の花をつけるアオノツガザクラがある。 

大雪山ではエゾノツガザクラの下側、すなわち雪解けの遅い雪田側に寄り添って生きている。 

エゾノツガザクラとアオノツガザクラの間には、淡いピンクの花を咲かせる雑種コエゾツガラが見られることも多い。 

しかし、羊蹄山にはアオノツガザクラが無い。 

きっと縄文時代の温暖な気候と、最後の噴火活動を乗り越えられずに消えてしまったのかもしれない。 

羊蹄山のエゾノツガザクラは、他の山のそれに比べひときわ濃い色でとても魅力的だと思う。


羊蹄山の自然はその単純な円錐型の独立峰であることや、気象の変動と噴火のタイミングによって独自の発達を遂げたのだろう。 

前述のエゾノツガザクラの他にもメアカンキンバイやダイセツオサムシの南限となっていることからも貴重性がわかる。 

羊蹄山は国立公園に指定され、高山植物を含む羊蹄山の植物群落は1921年に国の天然記念物にも指定されている。
 

 ところで、羊蹄山は上から見ると羊のひづめ形をしているのからそう呼ばれているのだろうか? 

もともと、この山は北海道の名付け親で北海道の探検家としても有名な松浦武四郎によって「後方羊蹄山」と名付けられた。 

シリベシヤマと読む。 

日本書紀に記されている征夷大将軍・阿倍比羅夫が北征の折、二人の蝦夷(エミシ)から「シリベシをもって政所とすべし」との進言を受け、そこに郡領を置いて帰ったのが始まりと言われている。

郡領を置いた場所には諸説あるのだが、松浦武四郎は羊蹄山こそシリベシにふさわしいと考え、その山をシリベシヤマ
として後方(シリベ)・羊蹄(シ)・山(ヤマ)と漢字をあてた。 

植物学者の牧野富太郎は、[羊蹄]とは植物ギシギシの漢名で、それを当時の日本ではを単に「シ」と呼んでいたので、このような当て字となったと著している。 

その後、後方羊蹄山(シリベシヤマ)では読みづらいこと、隣にある尻別岳(シリベツダケ)と紛らわしいこともあり、次第に羊蹄山(ヨウテイザン)の名が定着していったようだ。


 蝦夷、倭人、そして現代の日本人にとっても極めて印象深く、人々を惹きつける羊蹄山。 

この魅力あふれる山をみんなに見て体感して欲しいと願っている。 

地球温暖化、外来種の侵入などの問題も有るが、何とかして孫やその子孫にもその魅力を引き継ぎたいものだ。

DSC02522羊蹄山w

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  1. 2014/06/18(水) 13:09:18|
  2. 北海道の夏山ガイド
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